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Short Story
モトクロス

私は14歳の時にモトクロスバイクと出会いました。

それ以降 長年に渡り モトクロスレースに多くの時間を費やし当時国際A級というプロフェッショナル・ライダーを目指しレース参戦を続けました。 12年間のモトクロス経歴の中では 多くの優勝と様々な苦しみも多く経験してきました。その経験が今の私のレーシングスピリッツを育てあげたと言ってもいいでしょう。

そしてそのレーシングスピリッツは現在 挑戦を続けるアメリカ ストックカーレース界でも通用するものだと 信じて活動を続けています。

2輪モトクロスレースを経て、アメリカンモータースポーツであるミジェットカーレース、現在のNASCAR ショートトラックレースの経験は、今後 ステップアップしていくにあたり 本場アメリカで通用する実績と同時に私のバックボーンとして強く支えられています。 私は今後もNASCAR参戦すると共にアメリカ文化を学び 本物のNASCARドライバーとして成長していく事を誓います。

私の2003年より開始したNASCAR参戦は、私の人生において 到達場所でありますが、通過地点でもあります。 それは自分の進むべき道が開けた事だと感じています。しかし その切り開けた道は険しく困難が多いものではありますが、それらに立ち向かって行く程の大きな価値がその道にはあると、自分の中で見出しています。

幼少の頃の私

1973年8月14日にこの世に誕生した私は、幼少の頃 おじいちゃん、おばあちゃんに育てられたといって良い程 横浜の祖父母の家に遊びに行っていました。遊びに行っていたと言っても、祖父母が横浜から相模原に来る度、帰りの車に一緒に乗って横浜に行ってしまう生活を繰り返していました。そんな私は紛れも無いおじいちゃん おばあちゃん子でした。 そして 僕のおじいちゃんが乗っていた車は、テールに羽根が突き出るような大きなアメ車。今思えば私のアメ車との付き合いは幼少の頃、おじいちゃんのその大きなFORDのアメ車から始まっていたのかもしれません。 そう話しをこじつけると 私の履歴も楽しいものになるのではないだろうかと思う!? あの頃、おじいちゃんの運転する大きなアメ車の助手席に座り、ボワンボワンと優雅に揺れる感じは今でも強く印象に残っています。

小学生の頃になると、車のモデルを始め、色々なプラモデル(多くが機動戦士ガンダム)を作るのが好きでどれだけのプラモデルを作っただろうか?本来勉強する為にある学習机の上はプラモデルを飾る為の棚になっていました。その他の遊びといえば、もっぱら友達と自転車で探検に出かけていました。知らない土地へ探検などは当時の事を思い出すと今でもワクワクする程楽しい思い出です。そして10歳を向える頃、親戚の叔父さんにカーレース観戦に連れて行ってもらうようになりました。それは幼少の時期にして多きな転機だったのかもしれません。

始めて観戦しに行ったのが 富士スピードウェイで行われていたグランドチャンンピオンシップ。通称グラチャンです。生まれて始めてレーシングカーが爆音をあげ、目の前をスピードで通り過ぎて行った感動は今でも走馬灯のように浮かびます。 その後も毎月のように富士スピードウェイに連れて行ってもらえるようになり、グラチャン、F2やCカーなど、完全にカーレース観戦にはまっていきました。同時に今度はレーシングカーの絵を描いたり、プラモデルを作り、サーキットで販売するレーシングカーのミニカーなど、レースグッツの蒐集を始めていました。 こうして見ると 今ある尾形明紀像は この時点で完結しているように思えてしまう程です。

そんな私は小学校卒業の時に、卒業アルバムの将来の夢欄に『F1レーサーになる』などと書き残している。ほんの少しだけ叶ったのでしょうか!?