ホームバイオグラフィーキャリアスケジュールニュースショートストーリーフォトファンファンデーションコンタクトパートナーズ

ブログ
Short Story

中学生時代

1987年 中学生生活は友達とよく遊び、2年生になった時、ここでもまた大きな出会いがありました。実家の隣は私が生まれた頃からオートバイ屋ですが、隣のオートバイ屋さんにちょこちょこ遊びにいくようになったのは私が小学生高学年の頃からでした。少しずつオートバイに興味を持ち始めていた頃のある日、仲良くしてくれていたオートバイ屋に務めていたお兄さんが持っていたモトクロッサーYZ125ccを指さし言いました。

『今度乗ってみるか?』

ワクワクする気持ちでその日を待ち、ある休日 近くの河川敷で始めてオートバイを操作しました。持って行ったガソリンが無くなるまで無我夢中で夕方まで乗りまわしていたのが私のレース人生の始まりでした。 それからたまの週末はそのモトクロッサーを近くの河川敷まで1時間くらい押して練習しに通っていました。ただ楽しくて、少しの上達を体で感じ、ただうまくなりたくて、我武者羅に練習をしていました。自分で操縦する楽しさを知り始めた僕は、叔父さんに連れて行ってもらえる大好きだったレース観戦も段々と減り、モトクロスにすべてを掛ける生活へと変わっていきました。

中学生の反抗期と重なりながらも モトクロスへの意気込みだけは純粋なものでした。練習する為に通っていた河川敷で色々な人たちとも知り合いになり、今まではオートバイを操作して早く走らせる事だけが楽しかった僕に思い掛けない誘いがモトクロスレース出場でした。今までもレースに出るどころかモトクロスのレースがある事する想像もしなかった事でしたが、その誘いはすんなり受け入れられるもので、その後は先輩方とレース出場の為に練習を重ねていきました。

レースに出場するには僕が乗っていたバイクはボロ過ぎという事で、先輩がレースに向けてバイクを貸してくれました。レースに向けて練習も遠征し、大きな石がゴロゴロ転がっている河川敷コースしか知らない私にとって整備されているコースが新鮮で、走り安さにも感動した覚えがあります。そして迎えて初レースでは初出場にして初入賞し、楽しさをしってしまった私のレース参戦への意気込みが熱くなったのはこの時期からでしょう。

高校生時代

1990年 高校2年生になるとアルバイトを始めるようになりました。 自分の意思で動けるようになり始め、レースの真剣度も増し 自分の身近なレース友達などが新しいマシンに乗る影響と実際レースに出場するバイクとしての限界も感じ、アルバイトで稼いでいくお金で1990年型YZ125ccの新車を購入しました。それはニコニコだった気がします。同時に原付免許を取得し、以前から押して通っていた河川敷にはスクーターにトレーラーを引き バイクを載せて練習にいくようになりました。この時期になると完全に頭の中はモトクロスの事だけでほぼ毎週末、時に平日夕方なども練習に行き、レースに明け暮れる日々でした。

練習場では更に色々な方と知り合い、レースや練習で遠征する為に車に便乗させてもらう事が多くなり色々な方々にお世話になった事を感謝しつつ良い思い出として覚えています。18歳になると念願の普通免許取得で自らの運転で移動が可能になりましたが、運搬車両は勿論買えず,実家の配達用オープントラック(屋根無し)の助手席に荷物を満載して遠征していました。その頃のレース友達は、ほとんど親の協力の元、レース参戦していた為、参戦体制は一目瞭然でしたので、結構 悔しい思いを多くしていました。

それでもオートバイ屋さんの社長さん(YSP 相模原中央)や、多くのモトクロス先輩方が私の事を助けてくれたのでレースを続けてこれたのだと思います。自分の中では納得がいかない部分が多かったと思っていましたが、それでも振り返れば 恵まれた環境でレースができていたのは間違いありません。年々レースのレベルを上げていきますが 当時はモトクロスレースが全盛期という事もあり、自己の成長も自分なりに感じてはいたものの、周りのレベルも更に高く その時期は伸び悩む事が多かった気がします。 当時は 自分のレース体制の不備に不満を感じながら余計な事を感じ、思いながら参戦していた事が多かった気がします。しかし後に就職して念願の新車トランスポーターを買い、装備が充実した時に芽生えた 何か堂々とする気持ちとレースでの落ち着いたものは 何か過去の体制不備コンプレックスのようなものが晴れた時だった気がします。

←back  |  →next